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2016年5月17日(火) 晴 : コメカミ


◆ 昨日の夜はstrong zeroの青リンゴを飲みながら、『ラヴソング』を観ていた。普段お酒を飲むのは友人と飲みに行くときくらいで、家ではあまり飲まないのだけど、お酒を飲みながらドラマを観るのも乙なものだ。若者が苦難にぶつかりながら成長していく姿は、お酒の肴になる。福山雅治との恋愛ドラマならあんまり観たくないな、と最初は思っていたのだけど、そこが焦点ではなさそう。それぞれが抱える過去との決別、あるいは過去の清算をして成長する、そんな話だと思う。だから、未発表のままだった過去の曲を、福山雅治扮する神代先生がさくらの新曲として使用したのは、進むためだと思う。ただ亡くなったボーカルを重ねているだけかもしれないが、それが結果として進む事を意味するのだと思う。周囲の人からするとやり方は乱暴なのかも知れないが、あの行動は少なくとも過去から目を背けてはいない気がする。
 ところで、山口紗弥加扮する渡辺涼子の必要性がまだわからない。今後の展開のキーパーソンになるのかも知れないが、空一を弄ぶ大人のお姉さん止まりなら、どうなのだろう。過去に何があったのか、そのエピソードも今後挟むだろうし、あんまり話を詰め込みすぎると中途半端で浅くなりそうな気がする。ま、そのくらい今度の展開を楽しみにしているってことなのだけどね。
 高良健吾が出演していた『いつ恋』もこの『ラヴソング』も、若者が頑張る姿はそれだけで刺激になる。そして、私も頑張ろうってなる。こんな事を言うと壮年の男性って感じがするけど、まだまだ私も20代だ。人生を見定めるにはまだ早い。まだまだこれからだ。

◆ 『愛すれど心さびしく』を観た。DVD化もされていなくて今では視聴が困難なのだけど、DVD化すればいいのに、と思う。差別用語などの事情もあって、なかなか踏み切れないのかも知れないけれど、言葉なんてただの言葉でしかない。差別用語を無くそうとしたところで差別が無くなるでもない。差別は言葉にあるのではなく、人間の内にあるのだから。差別用語を排除しようしようとする意識が、かえって人々の差別を助長してしまうのだと思う。
 聾唖者のシンガーは人々に慕われ、私を理解してくれる人と思われていた。身内にも内緒だった話を彼には話したくなってしまう。彼もちゃんと話を聞いてくれる。そんな彼は自らの悩みは打ち明けなかったし、人々も悩みなんて無いと思っていた。人々にとって彼は、救済してくれる神のような存在だった。ところが最後、彼は自殺する。自らの蟀谷を打ち抜いた銃声は、彼の悩みが発した最後の叫喚だ。なにより彼が人間であったことの証左なのだ。彼は優しすぎた。