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2016年5月07日(土) 晴 : コウフク ト マンゾク

今日

 午前中は何をしていたか覚えていない。生活の習慣 ―ご飯、歯磨きなど― の他に何もしていない。だらだらとテレビを観ていた気がする。人生のための事なんて、何一つしていなかった。テレビだって、何を観ていたかわからない。怠慢に身を任せて、なあなあに観ていただけなのと思う。テレビを観ているうちに、仕事を終えた母親が帰ってきた。そこで午後になったのだ、と気が付いた。そんなんじゃ、いつまでたっても、このままだ。
 なんとなく、だと駄目だ。なんとなくな人生になってしまう。テレビを観るなら、テレビを観ると選択すべきだ。何事も意識的であるべきなのだ。意識があってこそ、私なのだから。
 無意識の時、この私はいない。誘惑に、惰性に支配された身体は存在しながら、精神は死んでいる。存在しているという事が、すなわち生きているという事にはならない。たいていにおいて、私は魂の抜けた躯だ。

                   Ω

 お昼はうどんを食べた。あげが甘かった。ずるずるとうどんを食べながら、ヤクルト戦を観ていた。そしたら藤川が初回から3点取られ、そして2点取られ、もう藤川は駄目だと思った。
 午後からは妹一家の家に行く事になっていたから、準備をした。ちゃんと髪の毛ができた。それでちょっと機嫌が良くなった。服装はこないだ買った、クリーム色の迷彩インナーに、カーキのジャケットとGパンにした。いつもと雰囲気の違う服装だから、新しい自分な感じがした。
 ほんとは黒か白のパンツの方がいいのかな、と思った。でも、ない。迷彩インナーと一緒に買おうとしたのだけれど、サイズが売り切れだった。自分より身長が低い人なんてそういないのに、みんなガリガリだな、と思った。

                   Ω

 妹一家の家に着いたら、子猫が何処かで鳴いていた。朝から鳴いているらしかった。静かな場所だから、よく響いた。家の前で遊んでいる間も、しきりに鳴いていた。その鳴き声が気になるらしく、近所の人もその鳴き場所に時折集まっていた。でもどうする事もできないみたいで、ちょっとして、帰っていった。
 鳴き声が聞こえる場所に行ってみると、子猫が2匹 ―黒と白黒― いた。目も開いていなかった。捨てられた子猫なのか、野良猫の子なのかもわからなかった。母親を呼んでいるのか、飼い主を捜しているのか、ただ泣き叫んでいた。
 家では飼えないし、妹の家でも飼えない。ここで餌付けをしてしまうと、いつかのニュースで見たように、近所からの苦情がくるかも知れない。だが、と思う。ひとりでに現象が起きるという事はない。それは科学的にしろ、生物学的にしろ、何かしらの原因があって発生する。つまり、野良猫が野良猫として突如として現れるわけではない、という事だ。
 このまま放って置けば、このまま死んでしまう。どんな理由があろうとも、生かせる命を放って置く理由にはならない、と思う。生まれた命に、いかなる死んでいい理由など無い。それでも世間が気になってしまって、何にもしてやれなかった。ほんとに命が大事だと思うなら、飼い主を探してあげるなり、社会のルールなんか破って飼うなりしろ、と思う。でもそうしなかった。
 ミルクだけあげて、帰った。生きろ、と思った。

                   Ω

 兄貴一家も集まって、焼き肉パーティーをした。私の膝の上に甥っ子がひとり坐って、そこで食べていた。しいたけばかり食べていた。外側から食べて最後に中心を食べる、そんな食べ方だった。「頭の上通るよ」と時折私は言って、肉をちびちび食べた。食べづらかった。それでもやっぱり肉は美味かった。
 焼き肉を食べ終わると、甥っ子たちと遊んだ。ブロックで車を作ったり、抱っこしてくるくる回ったりした。疲れたら妹の旦那と交代して、談笑に混ざった。とりとめのない会話だった。こういうのも、悪くないなと思った。
 なんだか幸せだな、と思った。子どもと遊んで、家族で盛り上がる、これは確かに ―これが唯一のとは言わないけれど― 幸せなんだと思う。夕方に見た2匹の子猫の事を考えた。この幸せは誰でもあるわけではない。このままでいいかもとなった。でもいいわけない、と思う。幸福だからと言って、満足というわけではないから。
 22時になって帰る時にも、まだ子猫は鳴いていた。