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2016年5月1日(日) 晴 : カラスは使者なのか。

今日

―― 最近、夜が怖い。明日が来ないんじゃないかと考えてしまう。あんなに夜中が好きだったのに。このまま眠ってしまえば、もう朝日を浴びることは出来ないんじゃないか、そう考えてしまうのだ。好きだから夜更かしするっていうより、今は怖いから夜更かししている。朝になるまで起きていれば、区切りが無くて安心だから。
 今日はカラスが朝から異常に多かった。カラスの鳴き声で目が覚めた。カラスは死期が近い人の所に来るって記事を、いつぞや読んだ。その話を思い出して、もしかしたら私なんじゃないかと考えた。カラスの鳴き声が五月蠅いと感じているのは私だけなのじゃないか、私だけにこの鳴き声が聞こえているのじゃないか、と。
 もし迎えにきたなら、追い返さないといけない。まだまだ死ねないのだ。生きる。家族の事を考えると、そうなってはいけない。甥っ子達が、夏に産まれる姪っ子が、高校生、大学生、大人になるのを見届けるまでは、生きないといけない。欲しいモノを買ってあげたい、旅行にも連れて行ってやりたい、人生についても、まだまだ語らい合わなくちゃ。
 死について考える。想像もつかない。目の前にある本の作者の殆どは亡くなっている。夏目漱石太宰治小林秀雄。死について彼らは何も語らない。圧倒的な無だ。それを思うと、生きるのが怖い。
 これが杞憂ならいい。考えすぎならいい。だがもし、そうであるなら、いったい何をすればいいだろうか。遺言でも書いておけばいいのか。いや、それはそれで、現実味が帯びて怖い。
 人生は0か100でいい。今は中地半端だ。トマトのへたみたいな人生だ。そんな人生で終わりなくない。トマトになるか、あるいはへたにすらなってはいけない。
 生きなくちゃ。